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うま、ウマ、馬、競馬 と私

(追加・削除等で文章の脈絡がおかしくなっているところがあります。
そのうち-いつだ?-直しますのでとりあえずゴカンベンを)


はじめて競走馬、レースに興味を持ったのは
大学の先輩方が当時怪物ぶりを発揮していたマルゼンスキーの話をしていたころ、
ほかではもちろんトウショウボーイ、テンポイントの時代です。

こどものころ競馬場に連れて行ってもらったことはありますが、
当然わけはわかっていませんでした。
世間的な話題としてはハイセイコー、キタノカチドキ、メジロジゾウ
などの記憶はあります。

自分の興味、趣味としてテレビではなく、生で見た最初はハツシバオーの東京ダービー。
思いつくままに印象の強いウマを挙げると、
ギャラントダンサー、メアジードーツ、ホスピタリティ、ミナガワマンナ、アズマハンターなど。

馬券の方で印象に残るちょっとマイナーなウマとしては
キャンデーライト、クロスアイ、ミチールターフ、フジアドミラブル、ドロッポロード、
カネツポーセレン、ハツマモル、コールパンチ(中央名ハンキイナリ)など。
つまり上記のウマたちが活躍していたころ、
一番熱心だったということです。

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 現役の長嶋茂雄、新作を発表するビートルズ、
なんてのを知らなくても、野球ファンやロックファンがなりたたないわけじゃありません。

競馬の世界でも私などは「シンザンを見たことない競馬ファンなんて」
といわれたものでしたが、最近競馬に興味を
持たれた方などはテンポイント、トウショウボーイ、マルゼンスキーはもちろん、
ミスターシービーやシンボリルドルフも知らない世代もありということですね。

もちろん年齢がちがうのですから、知らないことが悪いなんてことはありえません。
しかしこのページを作るようになって、
シチー馬の世界でも、クラウンシチーの現役すらそうとうな過去のことに
なっているのがちょっと身にしみました。

なんだかすごく年寄りになった気がしないでもないですが、
せっかくなので、私のなかでの競馬のことを少し書いてみます。
(もし記憶違いなどがありましたらどうぞご指摘ください)

melod03a.gif 東京競馬場

学生のとき、目黒区内に住んでいました。
JR目黒駅から、西方向に行く東急バスに乗ると、三つ目に、「元競馬場」というバス停があります。

第1回ダービーが行われ、昭和初期まであったという
目黒の東京競馬場跡です。

以前は春秋2回あった目黒記念に名を残してはいるものの、
現在では競馬場を思わせるものは何もありません。
地図でみると1,2コーナーと向正面らしき形はのこっているようなのですが、
現場でそれをいきなりはみつけられないでしょう。

府中にお住まいの方で、お父様が目黒時代からの調教師さん
だったと言う方にダンスを教えたことがあります。
その方がまだ小さかったころ、目黒から府中に移転されたのだそうです。

当時の競馬は皇族、政治家、軍関係、財閥関係といった
特権階級の人たちのものであったそうです。

私が競馬を見始めたころは、栗東トレセンはできていましたが、
美浦トレセンは計画中のころです。
したがって厩舎は府中、中山、白井にわかれており、
調教師、騎手もその仲間意識、対抗意識が現在より強かったように思われます。

目黒駅の東側には、大井競馬場行きの都バスが出ています。

 

melod03a.gif 馬券

かなり前から競馬を見ているというひとに会うと、
「最下級条件はなんでしたか?」と訊いて見ます。
私は300万円以下と言うのは覚えています。

条件賞金もかつては、新馬勝ちの1勝と、未勝利勝ちの1勝は
条件賞金が違っていて、除外が出る場合、未勝利勝ちの馬は新馬勝ちの馬より
先に除外になる、ということになっていました。
これはある程度意味のあることにも思えます。

馬券は200円、500円、1000円で一点一枚でした。
特券(千円券)勝負、などということばもありました。
近くだった渋谷、新宿には200円券はなく、200円券を買う
ために後楽園まででかけたりもしました。 

川崎競馬場などは、そのころまだペラペラの打ち抜き馬券を売っていました。

窓口が1−1、1−2、1−3というふうにわかれていて、
流し馬券を買うのは大変なうえ、人気の組み合わせは
窓口が込んでいる、ということになります。

melod03a.gif 競馬の変化

当時は、大井や川崎は無論、府中でも博打場の印象が強く、
女性客などはめずらしい存在でした。
その後レディースデイなどの企画や、
一般ウケ狙いの策により、違ってきたことは評価すべきことに思います。

私が見てきた中で、もっとも大きな競馬の変革は、
やはりジャパンカップでしょう。

タケシバオーや、スピードシンボリがかなわなかった、
欧米の競馬がどんなものなのか、当時の一般ファンは
ほとんどわかっていなかったと言えるでしょう。

第1回に来たザベリーワン、メアジードーツ、ペティテート、フロストキングなどは、
99年参加のモンジューから見れば2,3枚落ちのクラスの馬でしょう。

現に東京競馬場に現れたその馬たちはお世辞にもいい馬には見えませんでした。

インドから来た小さな馬、オウンオピニオンはトライアルで惨敗し、能力的に
日本馬に及ばないことはすでにはっきりしていました。

カナダからのルリタニア産駒の芦毛2頭は
大柄ながら、公開調教の動きも重苦しく、スピードのない馬、
という感じが強かったと思います。

アメリカの前記3頭もしっかり追い切るでもなく、
馬体も貧弱、毛ヅヤも悪く、とても重賞に出てきたオープン馬には見えませんでした。
誤解覚悟で言えば浦和のD級馬のように見えました。

かたや日本馬はみるからに立派で力強い馬体でピカピカの
モンテプリンス、気性難は皆承知でも一流馬の姿をしている
ホウヨウボーイ、などで負けるようには思われませんでした。
しかも地の利があるのですから。

しかし結果はご存知のとおり北米勢の圧勝、モンテプリンスも
ホウヨウボーイもはるか後方に置いていかれ、勝った
メアジードーツはかなり優秀と思われていたグリーングラスの
コースレコードを軽く破っていたのでした。

これは日本の競馬ファンとしてはかなりショックなことでした。
私達が一流馬だと思っていた馬たちはアメリカ、カナダの
馬に比べると、二線級以下なのか、そのメンバーで有馬記念を
やって意味があるのか、という疑問にかられました。

現実にはペティテートに騎乗した ウィリー シューメイカーの
ペース判断が正しかったのに比べ、日本人騎手がグリーングラスの
レコードからみたペースにとらわれていただけなのかもしれませんが。

アグネスワールドやエルコンドルパサーは外国産馬。
フジヤマケンザンのような純日本産馬の海外での活躍を
もっともっと期待しています。

01年、ステイゴールドがドバイで勝利。賞金も高いようだし、
比較的欧米馬との条件の差が小さいのでしょうか。
今後ステイゴールドの日本でのレース振りも注目。
ホクトベガが怪我をしてしまって、敬遠されがちだったドバイですが、
キョウトシチーも行ったことだし、日本馬のいいレースを来年以降も
期待しましょう。

 

 
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的場均トーク&ディナーショー「夢無限」

melod03a.gif2001年5月20日東京全日空ホテル「鳳」・友駿ホースクラブ協賛melod03a.gif

に行ってまいりました。オークスの応援とサイバーシチーの応援幕のため、
府中に行かれていたアイズさんと合流。
アイズさんはけっこう熱心な的場ファンのようです。

受付で「記念品 的場均」と書かれた封筒と友駿携帯ストラップを貰う。
携帯ストラップはまだまだあるらしい(笑)。
しかし私は現物を見るのは初めて。ひとつくらいあってもいいか。

封筒の方は帰ってきて開けたら的場さんのシングルCD。
作詞作曲さだまさし・・・寒気がしそうで怖くて聴けない。


私はまだ的場騎手の若いころから競馬をみているので、
郷原騎手の弟弟子、という印象が抜けない。
はじめて的場騎手の勝った皐月賞で2着の郷原騎手は
同じ馬でしっかりダービーに勝ったし・・・。

でもけっこう女性ファンが多いのにびっくり。
まぁこういうイヴェントは女性むきなのか?

実際使用された鞍が4つ、ライスシャワーなどに使われたという鞭2本、
ライスシャワー、グラスワンダーなどのゼッケンが4枚、サイン入りパネルなど、
マニア向けお宝グッズがたくさん出ていました。
簡単なゲームで獲得者が決まるのですが、私は何も取れず。
アイズさんはかろうじてポスターを獲得。
同じテーブルの女性はゴーグルつきのヘルメットを獲得してました。

シチー馬を預かってもらえるのかどうか訊いてみたかったのですが、
質問コーナーではフジTVの競馬中継でおなじみのアナウンサーさんが
女性優先で指名するのでだめでした。
協賛に名前を出しているくらいなので、何も縁がないわけじゃないんでしょうか。
ちなみに大勝負になったら「武豊くんに頼む」ということでしたので、
(なかば冗談)的場均厩舎、武豊騎乗のナントカシチーにぜひ
期待しましょう!


的場均調教師とJason
 

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